ayate
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September 24, 2009
茂木健一郎さんの話によると、人はあまりに刺激を多く受けすぎていると「感覚遮断」というものが起きて想像力が落ちるそうだ。調べてみると感覚遮断とは「刺激を一切受けなくなると人は幻覚を見るようになる」ということであるが、逆説的には「常に刺激にさらされている事への慣れ」がひいては「想像力の低下」「創造思考の低下」ということなのだろう。これはある意味僕らのような職業は死活問題とも言える。このことをそれこそ想像力を働かして飛躍して妄想してみた。なるほどこの感覚遮断とはいろいろな場面で起きている気がしてならない。広告を見渡すとなるほど「説明」が増えた。その商品のことを細かに説明してくれている。説明しなければわからないような商品のそれであればこの話の範疇ではないが、説明しないと「わからない」とする受け手側の変化なのではないだろうか? つまり、感覚遮断に慣れてしまって、「想像をして補完をする」といった類いの頭の働かせ方をしない日常がそこにあるんじゃないかと。いや、溢れるような「もてなし」が用意されていることによって、それほど頭を働かせなくとも刺激は否応無く脳の隙間を埋めるように入り込んでいるのだろう。想像力がこれ以上落ち込まないように維持するには、いかに刺激を受けない場面を創りだすか、が日常の課題になってくる。いやはや、なんとも皮肉な悪循環の出来上がり、なのです。もっと! もっと!と求めた先には、いかにそこから逃げるか、という欲求が見えてきている、という皮肉なスパイラル。そんなことを考えていたら、この先、クリエイターやデザイナーの仕事とは「いかに逃げ道をつくるか」、もっと言えば「いかに気持ちよく、脳の隙間を埋められるか」という手腕にかかっている。きっと隙間を埋められるようなオイシイものを提供しなければいけないし、ひいてはそれが「想像力を働かせる」というオチになっていなければいけない。「感覚の隙間を想像で埋める」というテーマはこれからのものづくりの言わば「義務」といっていいかもしれない。なんていうことを、シルバーウィークに考えてました。なんだか、理屈っぽいジジイになりそうで不安です(苦笑)。
— 義務 - 菱川勢一日記 (via takerui)